「ヤバい」の語源は?江戸時代の犯罪者の隠語から生まれた意外な歴史


語源は牢屋を意味した「厄場」

「ヤバい」の語源には諸説ありますが、最も有力とされているのが、江戸時代の「厄場(やば)」に由来するという説です。厄場とは牢屋や看守のいる場所を指す言葉で、そこに形容詞化の「い」がついた「厄場い(やばい)」が、捕まりそうで危ないという意味で使われ始めたと考えられています。牢に入れられるかもしれないという切迫した危機感が、そのまま言葉の核になっているわけです。

もうひとつの有力説「矢場」

これとは別に、射的場を意味する「矢場」が語源だとする説もあります。江戸時代の矢場は表向きは弓矢で遊ぶ娯楽施設でしたが、裏では私娼が客を取る場所として使われていたことでも知られていました。「矢場い」は、後ろ暗い場所に関わっていて危ないというニュアンスから生まれた言葉だとされています。牢屋を語源とする説とは経路が異なりますが、いずれも「表沙汰にできない危うさ」を言い表す言葉として発達した点で共通しています。

江戸時代は犯罪者たちの隠語だった

もともと「ヤバい」は、泥棒や博打打ちといったアウトローの間で使われていた隠語、いわゆる符丁でした。「見回りがヤバい」といえば、役人の見回りが近づいているから逃げろという意味で使われ、一般の人が日常的に口にする言葉ではなかったとされています。危険を察知して仲間内で素早く伝え合うための、実用的な符丁だったといえるでしょう。

明治から昭和にかけて不良の言葉として定着

明治以降も「ヤバい」はあくまで俗語という位置づけにとどまっていました。昭和に入ると不良少年たちの間で好んで使われるようになり、「ヤバい=まずい、危ない」というネガティブな意味を持つ言葉として広く知られるようになっていきます。この時期まで「ヤバい」は、どちらかといえば品のない言葉、公の場では使いにくい言葉と見なされていました。

平成に起きた意味の大転換

1990年代後半から2000年代にかけて、若者の間で「ヤバい=すごい、最高」というポジティブな意味で使われるようになりました。「このラーメン、ヤバいくらいうまい」というような使い方です。もともと否定的だった言葉が、強い感情の高まりを表す言葉として、良い意味にも悪い意味にも使えるようになっていったのです。言語学ではこうした現象を「意味の漂白化」と呼び、言葉が本来持っていた具体的な意味合いが薄れ、感情の強さだけを伝える器のような言葉に変化していく過程を指します。

「意味の漂白化」は日本語だけの現象ではない

同じような意味の逆転は、英語にも見られます。「sick」はもともと病気という意味ですが、若者言葉では「かっこいい」という称賛の意味で使われ、「wicked」も本来は邪悪なという意味でありながら「最高」という意味に転じています。ネガティブで強い感情を表す言葉は、世界のさまざまな言語で同じようにポジティブな方向へ転じやすい傾向があるようです。

国語辞典にポジティブ用法が載ったのは2000年代

三省堂の『大辞林』は2006年の改訂で、「ヤバい」のポジティブな用法を新たに書き加えました。辞書に載るということは、それが一時的な流行語ではなく、日本語として定着した用法だと公式に認められたことを意味します。俗語として生まれた言葉が数百年をかけて正式な日本語として認知されるまでの、長い道のりを象徴する出来事です。

セットで使われる「マジ」も江戸時代から

「ヤバい」とセットで使われることの多い「マジ」も、実は古くからある言葉です。芸人が楽屋で使っていた「真面目(まじめ)」を略した言葉とされ、江戸時代後期にはすでに確認されています。「マジでヤバい」という組み合わせは、もしかすると200年以上の歴史を持つ言い回しなのかもしれません。

文化庁の調査が示す世代間のズレ

文化庁の「国語に関する世論調査」では、10代から20代のおよそ9割が「ヤバい」をポジティブな意味で使うと回答しています。一方で60代以上ではネガティブな意味で使う人が主流のままで、世代によって同じ言葉から受け取る印象が大きく異なる状態が続いています。「ヤバい」は、意味のズレが世代間で最も大きい日本語の一つといえるでしょう。

翻訳者を悩ませる多義的なニュアンス

「ヤバい」は文脈によって「危ない」「すごい」「おいしい」「かわいい」「困った」など、まったく異なる意味を持つため、翻訳者を悩ませる単語としても知られています。英語に訳す際にも「awesome」「terrible」「insane」「sick」など、場面に応じて訳し分けなければなりません。ふだん何気なく使っているこの一語のルーツをたどると、江戸時代の犯罪者たちが使っていた符丁にたどり着きます。数百年の時を経て正反対の意味まで獲得した「ヤバい」は、日本語という言語が持つ柔軟さと変化し続ける力をよく表す言葉だといえるでしょう。