「紫陽花(あじさい)」の語源は"集まる藍色"?梅雨の花の名前の由来
「集まった藍色」が語源
「あじさい」の語源としてもっとも有力なのは「集(あづ)真(さ)藍(あい)」が変化したとする説です。「あづ」は集まる、「さ」は接頭語、「あい」は藍色を表し、合わせて「集まった真の藍色」という意味になります。小さな花が寄り集まって咲く姿と、藍色を帯びた花の色という、あじさいの見た目の特徴をそのまま言葉にした命名です。「あづさあい」が音便によって「あじさい」へと変化したと考えられており、花の色や咲き方を観察してつけられた和語らしい素直な語源といえます。
万葉集に記された古い名
あじさいは『万葉集』にも「味狭藍」「安治佐為」と万葉仮名で記されており、奈良時代にはすでに日本人に親しまれていた花であることがわかります。ただし万葉集での登場回数はわずか2首と少なく、桜や梅と比べると当時の和歌にはあまり詠まれていません。当時のあじさいは現在ほど華やかな栽培品種ではなく、山野に自生するガクアジサイに近い、控えめな姿だったことが理由の一つと考えられています。それでも千年以上前から「あじさい」という和名でこの花が呼ばれていたことは、地名や身体語に劣らず古い日本語の一つといえます。
漢字の「紫陽花」は中国からの誤用
現在使われている「紫陽花」という漢字表記は、実は中国の詩人・白居易(はくきょい)が別の花に当てた名前を、平安時代の学者・源順(みなもとのしたごう)が誤ってあじさいに当てはめたものとされています。白居易が「紫陽花」と呼んだ花は、ライラックなど別の植物を指していたとする説が有力です。つまり「あじさい」という和語の読みに、意味の異なる中国語由来の漢字が後から当てられた、いわば当て字が定着した例で、読みと表記の由来がまったく別の系統に分かれている点が日本語の植物名らしい特徴です。
花びらに見えるのは実は「がく」
あじさいの花のように見える色鮮やかな部分は、実は花びらではなく「装飾花(そうしょくか)」と呼ばれるがく片です。本当の花はこの装飾花の中心にある小さな粒状の部分で、目立たない地味な姿をしています。装飾花は虫を呼び寄せるための”看板”としての役割を担っており、本体の花よりも大きく発達しました。あじさいの華やかさの正体が花びらではなくがくだったという事実は、桜や梅など多くの花との大きな違いです。
土壌の酸性度が色を変える仕組み
あじさいは土壌の酸性度によって花の色が変わることで広く知られています。酸性の土壌ではアルミニウムイオンが溶け出しやすくなり、それを根から吸収した花がアルミニウムと色素(アントシアニン)を結合させることで青色になります。逆にアルカリ性の土壌ではアルミニウムが溶けにくく吸収されないため、色素本来の赤みが残ります。同じ株でも植える土によって色が変わるのはこのためで、この性質から「七変化(ななへんげ)」という別名も生まれました。花言葉の一つ「移り気」も、この色が変わる性質が「心変わり」に結びつけられて生まれたとされています。
日本原産からヨーロッパへ、そして里帰り
あじさい(ガクアジサイ)はもともと日本原産の植物です。ヨーロッパに渡ったのは18世紀後半のことで、出島のオランダ商館医だったシーボルトが日本から持ち帰ったことがきっかけとされています。ヨーロッパでは品種改良が進み、丸く豪華な咲き方をする「西洋あじさい(ハイドランジア)」が生まれました。この西洋あじさいが明治以降に日本へ逆輸入され、現在庭先でよく見かける丸い形のあじさいの多くは、実はヨーロッパで改良された品種の里帰り版にあたります。
シーボルトと「おたくさ」の逸話
シーボルトはあじさいに「Hydrangea otaksa(ハイドランジア・オタクサ)」という学名を付けたことで知られています。「otaksa」は彼の日本人の妻であった「お滝(たき)さん」の名にちなむとされ、愛する人の名を花の学名に残したロマンチックな逸話として語り継がれています。ただし後の分類学の整理でこの学名は正式には採用されず、現在の学名は別のものが使われていますが、「おたくさ」というエピソードそのものは今もあじさいにまつわる有名な話として親しまれています。
英語 “hydrangea” が意味する「水の器」
あじさいの英語名 “hydrangea”(ハイドランジア)は、ギリシャ語の “hydro”(水)と “angeion”(器・容器)を組み合わせた語とされています。あじさいの実(種子が入る部分)の形が小さな水がめに似ていることに着目した命名で、日本語の「あじさい」が花の色と咲き方に注目したのとは対照的に、西洋では果実の形が名前の由来になっています。同じ花でも、和名と学名で観察のポイントがまったく異なるのは、植物の呼び名を比べる面白さの一つです。
鎌倉の「あじさい寺」と梅雨の風物詩
神奈川県鎌倉市の明月院は「あじさい寺」として広く知られ、梅雨の時期には境内に約2500株のあじさいが咲き誇ります。鎌倉市内には明月院のほかにも成就院や長谷寺などあじさいの名所が多く、梅雨時の観光の目玉となっています。あじさいが梅雨の時期に咲くことから、日本では雨の季節を象徴する花として文学や美術にもたびたび描かれてきました。色を変えながら雨に濡れて咲くあじさいの姿は、集まる藍色という語源そのままに、日本の梅雨の風景と分かちがたく結びついています。