「まぐろ」の語源――真っ黒な体色が名前になった大型回遊魚の由来


「まぐろ」の語源とは

「まぐろ(鮪)」の語源には複数の説があります。最も広く知られているのは「真黒(まっくろ)」説で、背中が濃い黒・紺色をしていることから「まっくろ→まぐろ」に変化したというものです。もう一つは「目が黒い(めぐろ→まぐろ)」とする「目黒」説で、いずれの説が正しいかは確定していません。体色や目の印象という、見た目の特徴がそのまま名前になったという点では両説とも共通しています。

「しび」という古称

古代・中世の日本では、まぐろは「しび(鮪)」と呼ばれていました。『万葉集』には「島の子らが 玉藻刈る見ゆ しびのひれ」という歌があり、「しび」が古くからの呼称だったことがうかがえます。「しびれる」という言葉は、まぐろが捕まって動けなくなる様子を表す「しびの動き」に由来するという説も伝わっています。

江戸時代は「下魚(げざかな)」だった

現代では高級魚の代表格であるまぐろも、江戸時代前期までは「下魚(げざかな)」、つまり庶民向けの安い魚として扱われていました。特に脂の多い部位は傷みやすく「猫またぎ(猫も食べない)」と呼ばれて捨てられることもあったといいます。当時の高級魚は鯛や鮃、鮑などで、まぐろとは評価が正反対でした。

醤油漬けの発明で評価が一変

まぐろの立場が変わる転機となったのが、江戸時代後期に生まれた「醤油漬け(づけ)」という調理法です。赤身を醤油に漬けることで保存性が高まり、傷みにくくなったことで江戸前寿司のネタとして人気を集めました。「漬けまぐろ」は今も江戸前寿司の定番として受け継がれています。

「トロ」が最高級品になるまで

まぐろの脂の多い腹部を指す「トロ」という呼び名は、食感が「とろとろ」していることに由来します。「大トロ」「中トロ」と区別して呼ばれ、現代では寿司ネタの最高級品として扱われますが、江戸時代には捨てられていた部位でした。この評価の逆転は、冷蔵技術の発達と食文化の変化によって起きたものです。

まぐろの種類と回遊する生態

「まぐろ」とひとくくりにされますが、実際には複数の種類が存在します。最高級とされる「本鮪」ことクロマグロのほか、「南鮪」「目鉢鮪」「黄鰭鮪」「鬢長鮪」などがあり、缶詰には主に「びんながまぐろ」が使われます。クロマグロは体長3メートル・体重400キロを超えることもある大型魚で、常に泳ぎ続けていないと呼吸できないため、止まって眠ることができない魚としても知られています。

「初競り」に見るまぐろの価値

毎年1月、豊洲市場(旧・築地市場)の初競りで高値がつくまぐろは、年始のニュースの風物詩になっています。2019年には青森県大間産のクロマグロが3億3600万円という過去最高値を記録しました。初競りには縁起担ぎと宣伝効果の意味合いもあり、通常の相場とは異なる特別な取引として毎年注目を集めています。

世界的な資源管理の課題

一方で、まぐろは乱獲による資源減少が世界的な問題となっており、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)や中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)といった国際機関が漁獲量を管理しています。世界最大のまぐろ消費国である日本には、資源管理における責任も強く問われています。

「まぐろ」という言葉が持つもう一つの顔

真っ黒な魚という素直な語源から始まり、江戸では下魚、現代では高級魚へと評価が逆転してきた「まぐろ」。釣り上げられると動かなくなる様子から、現代の俗語では「何もしない・動かない人」を指す比喩として使われることもあります。一つの名前が魚の外見・歴史的評価・比喩表現という複数の顔を持つに至った経緯には、言葉と食文化が並走してきた時間の厚みが見えてきます。