「ざるそば」の語源は?もりそばとの違いと江戸の蕎麦文化
竹の「笊」に盛ったことが名前の由来
「ざるそば」の名前は、竹で編んだ笊(ざる)に蕎麦を盛り付けて提供したことに由来します。江戸時代後期、現在の東京・深川にあった蕎麦屋が、それまで平皿で出していた蕎麦を竹のざるに盛り替えて提供したところ評判となり、この形式が「ざるそば」として広まったといわれています。道具の名前がそのまま料理名になった、わかりやすい例です。
「もりそば」との違い
現在の一般的な区別では、刻み海苔をかけたものが「ざるそば」、かけていないものが「もりそば」とされています。ただしこの区別は時代や地域によって異なり、江戸時代には器の違い、つまりざるか皿かが区別の基準でした。明治以降に海苔の有無が基準として定着し、現在では多くの蕎麦屋がこの使い分けを採用しています。
「もりそば」の語源
「もりそば」の「もり」は、器に盛り付けることを意味する「盛り」に由来します。江戸時代中期ごろから、つゆをかけて食べる「ぶっかけ」に対し、つゆを別に添えて食べる形式の蕎麦を「もりそば」と呼ぶようになりました。今の「ざるそば」も「もりそば」も、いずれもこの「盛り」の系譜に属する食べ方です。
数千軒もあった江戸の蕎麦屋文化
江戸時代の江戸には数千軒もの蕎麦屋があったとされ、蕎麦は庶民の日常食として親しまれていました。小麦粉二割、蕎麦粉八割の割合で打つことから「二八蕎麦」とも呼ばれ、屋台や出前が発達していた点は、現代のファストフードに通じるところがあります。
「せいろそば」との違い
「せいろそば」は蒸篭(せいろ)に盛り付けた蕎麦のことで、ざるそばと同様に盛り蕎麦の一形態です。かつては蒸篭を使って蕎麦を蒸して提供していた名残からこの呼び名が生まれましたが、現在はほとんどの場合、茹でた蕎麦を蒸篭の形をした器に盛っているだけです。地域によってはざるそば・もりそばと同じ意味で使われます。
そばつゆに残る江戸と関西の違い
そばつゆは、かつお節や昆布でとった出汁に、醤油やみりん、砂糖を合わせた「かえし」を加えて作ります。江戸前のつゆは辛めに仕立てられ、蕎麦の先端だけをつけて食べる粋な食べ方が好まれました。一方、関西では薄口のつゆに全体をつけて食べる文化もあり、地域による違いが見られます。
わさびとねぎという定番の薬味
ざるそばに添えられる薬味の定番は、わさびとねぎです。わさびは本来すりおろした生わさびが使われていましたが、現在は練りわさびが一般的になっています。ねぎは食欲を増進させ、消化を助ける役割があるとされ、そばつゆに溶かして使うのが一般的な食べ方です。
江戸から続く蕎麦湯の習慣
ざるそばを食べ終えた後に出される蕎麦湯は、蕎麦を茹でた際の茹で汁です。ルチンやビタミンB1といった蕎麦の栄養が溶け出したもので、残ったつゆを薄めて飲む習慣は江戸時代から続いています。食材の栄養を余すことなく味わうという発想が根底にある、日本独特の習慣です。「ざる」という調理道具の名前がそのまま料理名として定着したざるそばは、江戸の蕎麦屋の工夫と庶民文化が生んだ一品です。海苔のあるなしという小さな違いに「ざる」と「もり」の名を使い分ける日本の食文化の細やかさが、そこには表れています。