「馬(うま)」の語源は?古代語から読み解く日本人と馬の関係
「うま」という語の起源をめぐる謎
「馬」を日本語で「うま」と呼ぶ語源は、明確な定説がない古代語の謎のひとつです。有力な説として(1)「うまし(美し・立派だ)」という形容詞に由来する説、(2)朝鮮語の古語「uma(うま)」に由来する説、(3)南方系の言語からの借用という説などがあります。馬が大陸から日本列島に伝わったのは古墳時代(4〜5世紀頃)とされており、名前も大陸から伝来した際に持ち込まれた可能性があります。
「うまし」との語根上のつながり
「うま」を「うまし(優れた・美しい・立派な)」と結びつける語源説は古くから言われてきました。「うまし国(美しい国)」「うましもの(美味しいもの)」のように、「うまし」は古代語で「すばらしい・優れている」という意味を持ちます。馬はその大きさ・力強さ・速さから「優れた動物」として「うまし」→「うま」と呼ばれるようになったという解釈です。ただし語義と語形の対応を証明する確実な資料は少なく、推測の域を出ない部分があります。
古代日本への馬の伝来
馬が日本列島に伝わったのは古墳時代中期(4世紀後半〜5世紀頃)とされています。朝鮮半島を経由して渡来した馬は当初、支配層の権力の象徴・祭祀や軍事に用いる動物でした。古墳から出土する馬具(鞍・鐙・轡など)はこの時期の馬利用の証拠です。馬は荷役・農耕・交通にも次第に使われるようになり、律令国家成立後には軍馬として重要な役割を担いました。
「馬」の漢字とその読み
「馬」の漢字は、馬の頭・たてがみ・四肢・尾を象った象形文字です。中国語では「馬」は「mǎ(マー)」と発音し、「バ」という音読みも「馬」の中国語音(古音)から来ています。「競馬(けいば)」「馬車(ばしゃ)」「馬鹿(ばか)」のように、馬を含む語の音読みには「ば」が使われます。日常語としての「うま」という訓読みは古代日本語の呼び方が漢字に当てられたものです。
農耕馬として暮らしを支えた歴史
馬は江戸時代以降の農村で農耕・物資の輸送に欠かせない存在でした。特に東北・北海道では馬と農家が一緒に生活する「南部曲り家」のような建築様式が生まれ、馬は家族同然に扱われました。馬の糞は優れた肥料となり、農業に循環利用されました。「馬力(ばりき)」という言葉は馬が牽引できる力を単位として今も使われており、馬が動力源であった時代の名残です。
十二支の「午(うま)」と絵馬の文化
十二支の七番目「午(ご)」には、日本で動物の馬が割り当てられ、「うま」と読まれています。「午」の字はもともと杵を象った文字で動物とは無関係ですが、十二支に動物を配した際、馬がこの位置に当てられました。「正午」「午前・午後」の「午」は、午の刻(昼の12時ごろ)に由来します。
また、神社に奉納する「絵馬(えま)」には、馬と信仰の歴史が刻まれています。古代には祈願のために生きた馬(神馬)を神社に奉納する習慣があり、やがて馬の絵を描いた板で代用するようになったのが絵馬の起源とされています。願い事を書く小さな板に「馬」の字が残っているのは、馬が神への捧げ物だった時代の名残です。
馬にまつわる日本語表現
馬は日本語に多くの慣用句・ことわざを残しています。「馬が合う(気が合う)」は馬と騎手の呼吸が合うことから対人関係に転用された表現です。「馬耳東風(ばじとうふう)」は人の意見を聞き流す様子、「馬の骨(うまのほね)」は素性の知れない人物を指します。「出る杭は打たれる」と並ぶことわざ「馬には乗ってみよ」は実際に試してみることの大切さを説いています。これらの表現は馬が日常に身近だった時代の知恵が言葉に結晶したものです。
現代における馬との関わり
現代日本で馬は農耕・輸送には使われなくなりましたが、競馬・乗馬・馬術競技などで親しまれています。「馬刺し(ばさし)」は熊本・長野などで食文化として根付いており、馬肉は低脂肪・高タンパクの食材として評価されています。また蹄鉄・馬具などの職人技術も文化遺産として継承されています。農業の機械化により日常から遠ざかった馬ですが、日本語や文化の中には馬との長い共生の歴史が深く刻み込まれています。