「敦賀」の語源はツヌガアラシト?古代朝鮮との交流が刻まれた地名


1. 「ツヌガアラシト」が語源とされる

「敦賀」の語源としてもっとも有名なのは、古代に朝鮮半島から渡来したとされる人物**「都怒我阿羅斯等(ツヌガアラシト)」**に由来するという説です。日本書紀に記されたこの人物の名前「ツヌガ」が地名「つるが」の元になったとされています。

2. 日本書紀にツヌガアラシトの記述がある

日本書紀の垂仁天皇紀には、朝鮮半島の**意富加羅国(おほからこく)**からツヌガアラシトという人物が角のある人として渡来し、この地に上陸したという記述があります。「角がある人が来た」ことから「角鹿(つぬが)」→「敦賀(つるが)」に変化したとする伝承です。

3. 「角鹿」は古い表記

「敦賀」の古い表記は**「角鹿(つぬが)」**です。奈良時代以前の文献ではこの表記が用いられており、「角のある鹿」という字面から鹿にまつわる伝説との関連も指摘されていますが、本来は渡来人の名前の音を漢字に当てたものと考えられています。

4. 古代から大陸への玄関口だった

敦賀は古代から日本海を渡って大陸・朝鮮半島と交流する玄関口でした。若狭湾に面した天然の良港であり、渡来人の上陸地点として、また大陸への出発点として重要な役割を果たしてきました。

5. 気比神宮は敦賀の総鎮守

敦賀にある**気比神宮(けひじんぐう)**は越前国一宮であり、敦賀の総鎮守です。主祭神の伊奢沙別命(いざさわけのみこと)は食物の神で、「笥飯(けひ)」の名はこの神にちなむとされています。松尾芭蕉も奥の細道の旅で参詣しました。

6. 「敦賀」の漢字は好字への置き換え

「角鹿」から「敦賀」への表記変更は、奈良時代の**好字令(こうじれい)**の影響とされています。713年の好字令により、地名は縁起の良い漢字二文字に改めることが命じられ、「角鹿」が「敦賀」に書き替えられました。「敦」は「厚い・篤い」、「賀」は「祝い」を意味する吉字です。

7. 北前船の寄港地として繁栄

江戸時代、敦賀は北前船の重要な寄港地として繁栄しました。日本海を行き来する交易船が敦賀に立ち寄り、そこから琵琶湖を経由して京都・大坂へ物資を運ぶルートが確立されていました。敦賀は日本海と近畿を結ぶ物流の結節点だったのです。

8. 明治時代は国際港として発展

明治時代、敦賀港はウラジオストクへの定期航路が開設され、国際港として発展しました。シベリア鉄道と接続することでヨーロッパへの最短ルートの一部となり、「東洋の波止場」と呼ばれるほどの国際的な賑わいを見せました。

9. 「人道の港」としての歴史

敦賀港は1920年代にシベリアの孤児たちを受け入れ、また第二次世界大戦中には杉原千畝が発行した**「命のビザ」**を持つユダヤ人難民が上陸した港でもあります。「人道の港 敦賀ムゼウム」ではこの歴史が展示されています。

10. 北陸新幹線の延伸で注目

2024年3月に北陸新幹線が敦賀まで延伸し、東京と敦賀が直通で結ばれるようになりました。古代の渡来人の上陸地から、新幹線の停車駅へ。敦賀は交通の要衝としての役割を千年以上にわたって果たし続けています。


朝鮮半島から渡来した「ツヌガアラシト」の名を刻む敦賀。古代の大陸への玄関口から北前船の港、国際港、そして新幹線の駅へと姿を変えながら、日本海に面したこの港町は、常に「どこかへつながる場所」であり続けています。