「すったもんだ」の語源は"擦った揉んだ"?揉め事を表す言葉の由来


「擦った揉んだ」が語源

「すったもんだ」の語源は「擦った(すった)」と「揉んだ(もんだ)」という、二つの動詞の連用形を組み合わせたものです。人と人がぶつかり合い、擦れ合い、揉み合う様子を音のリズムに乗せて表した言葉で、口論や騒動を指す表現として定着しました。「揉める」はもともと手で揉む物理的な動作を意味していましたが、そこから「人同士がぶつかり合う=もめ事になる」という比喩的な意味に発展しています。一方の「擦る(する)」も物と物がこすれ合う動作を表す語ですが、古語では「口で擦る=口論する」「人と擦れる=軋轢が生じる」という意味でも使われていました。「すれ違い」「擦れっからし」のように、人間関係の摩擦を表す表現に「擦る」が使われているのも同じ流れで、「すったもんだ」はこの二つの語がどちらも持っていた「人間関係の摩擦」という意味を重ね合わせて生まれた表現といえます。

江戸時代からの庶民的な言い回し

「すったもんだ」は江戸時代の歌舞伎や洒落本にすでに登場しており、当時から口語的に使われていた庶民的な表現でした。揉め事や騒ぎ立てる場面を生き生きと描写する言葉として親しまれ、堅苦しい書き言葉ではなく、日常のやり取りの中で自然に生まれた口語表現である点が特徴です。長い年月を経て現代語にまで定着していることは、この言葉のリズムの良さと表現力の高さを物語っています。近年では1990年代のテレビCMで使われたことで改めて注目を集め、使用頻度が下がりつつあった言葉がメディアの力で再び広く認知されるようになったという経緯もあります。

「の末」「の挙句」と組み合わせる用法

「すったもんだ」は「すったもんだの末に決まった」「すったもんだの挙句に中止になった」のように、「の末」「の挙句」と組み合わせて使われることが多い表現です。単に揉めたという事実だけでなく、紆余曲折を経て何らかの結果にたどり着いたという経緯全体を述べる場面で効果的に使われます。「すったもんだ」は揉め事を表すネガティブな言葉ですが、多くの場合「すったもんだの末に決着がついた」のように、最終的には何らかの結果に至ることを前提として使われる点も特徴です。混乱を経つつも前に進んでいくプロセスを、一つの言葉で表現できる便利さがこの語の生命力を支えています。

「擦る」が持つもう一つの顔――博打の「する」

「擦る(する)」という語には、口論や摩擦とは別に、賭け事で財産を失うという意味もあります。「博打で身代を擦る」「有り金をすってんてんにする」のように、賭け事に負けて財産を失うことを「擦る」と表現する用法です。この「財産を失う」という意味の「擦る」と、「すったもんだ」の「擦った」が同じ語かどうかは定かではありませんが、どちらも「擦る」という一つの動詞が、摩擦・口論・損失という複数の意味を派生させてきたことは確かです。賭け事の駆け引きそのものが「揉める」場面と重なりやすいことを考えると、「すったもんだ」という言葉の背景に、こうした博打の空気が重なっていた可能性も想像されます。

類語との違いに見えるニュアンスの差

「すったもんだ」「ごたごた」「もめごと」はいずれも揉め事を表しますが、それぞれニュアンスが異なります。「すったもんだ」は人と人とが擦れ合い揉み合う過程の騒がしさに焦点があり、「ごたごた」は物事や状況が乱雑に絡み合った状態そのものを指し、「もめごと」は争い事という結果を淡々と指す言葉です。同じ「揉め事」を表す語彙が複数存在し、それぞれが過程・状態・結果のどこに焦点を当てるかによって使い分けられているところに、日本語の語彙の細やかさが表れています。

擬態語的な音のリズムが持つ効果

「すった」「もんだ」という音の並びはリズミカルで、擬態語的な響きを持っています。「す」の摩擦音と「もん」のこもった音の組み合わせが、人々がごちゃごちゃと揉めている場面をまるで音で再現しているかのように感じさせます。意味の上での語源が「擦る」「揉む」という動作にあるだけでなく、音の響き自体が騒がしさやもみ合う様子を連想させる点も、この言葉が長く使われ続けてきた理由の一つと考えられます。

政治報道で定着した用法

「すったもんだの末に法案が可決」のように、政治や議会の報道で「すったもんだ」はよく使われる表現です。意見の対立や駆け引きを経て物事が決まっていく過程を一言で表現できる便利な言葉として、ジャーナリズムの現場でも定着しています。庶民の口語として生まれた言葉が、時代を経て新聞やニュースの見出しにまで使われるようになったことは、「すったもんだ」が持つ表現力の高さと、堅い場面でも違和感なく使える柔軟さを示しています。

擦って揉んで、ぶつかり合って。「すったもんだ」という言葉のリズムそのものが、人々が入り乱れて騒ぐ場面を音で描き出しています。揉め事の最中にこそ、物事が動くエネルギーがあるのかもしれません。