「新宿」の地名は甲州街道の"新しい宿場"が起源だった


1. 「新宿」は字義どおり「新しい宿場」

「新宿」は**「新しく設けられた宿(しゅく)=宿場」**を意味します。江戸時代、五街道のひとつ甲州街道の起点は日本橋でしたが、最初の宿場・高井戸まで約20kmもあり、旅人には負担が大きすぎました。そこで1699年(元禄12年)、高井戸の手前に「新しい宿場」が設置されました。これが「内藤新宿」の誕生です。

2. 「内藤」は信州高遠藩・内藤氏の屋敷跡

「内藤新宿」の「内藤」は、信州高遠藩主・内藤氏に由来します。現在の新宿御苑のあたりは江戸時代、内藤氏の広大な下屋敷(副邸)でした。宿場開設にあたり、この内藤家の土地が提供されたため「内藤新宿」と呼ばれるようになりました。

3. 新宿御苑は内藤家の屋敷庭園が原型

現在の新宿御苑(約58ha)は、内藤氏の広大な屋敷地を明治政府が引き継いで農事試験場とし、後に皇室庭園へと整備したものです。1949年に一般公開されました。内藤家の庭が今日の都市公園として残っているわけです。

4. 宿場開設は一度廃止されていた

実は内藤新宿の設置は1699年でしたが、宿場付近の旅籠や飯盛旅籠(実質的な遊郭)が風紀を乱すとして、幕府は1718年(享保3年)に一時廃止しています。その後1772年(明和9年)に再開設され、以後は甲州街道の宿場として定着しました。

5. 「四谷新宿」とも呼ばれた

内藤新宿は「四谷新宿」とも呼ばれていました。四谷は現在の新宿区の東端にあたるエリアで、甲州街道が江戸市中に入る手前の地名です。近世の文書には「四谷内藤新宿」と記されることもあり、地名が複数重なる典型例です。

6. 明治以降に「新宿」だけが残る

明治維新後、宿場制度が廃止されると「内藤新宿」の「内藤」は自然に省略され、「新宿」という地名だけが残りました。1889年(明治22年)に東京市が成立すると「四谷区」に編入され、1947年の区制改編で「新宿区」として現在の形になりました。

7. 新宿駅の開業は1885年

JR新宿駅が開業したのは1885年(明治18年)。日本鉄道(現在のJR山手線)の品川線の駅として設置されました。その後、甲武鉄道(現中央線)・京王電鉄・小田急電鉄・西武鉄道・東京メトロが乗り入れ、現在では1日平均乗降者数が世界最多のターミナル駅となっています。

8. 「歌舞伎町」の名前も地名の歴史

新宿を代表する繁華街「歌舞伎町」は、戦後の1948年に地区の復興計画として歌舞伎劇場を誘致する予定があったことから命名されました。しかし劇場は結局建設されず、名前だけが残るという逆説的な地名です。

9. 新宿は「副都心」として計画的に整備

西新宿の高層ビル群は、1960年代に東京都が「副都心計画」として整備したものです。東京都庁が1991年に丸の内から移転してきたことで、新宿は行政・ビジネス・歓楽の三面を持つ巨大都市として完成しました。

10. 「新宿」と名のつく地名は全国にある

「新宿」という地名は東京だけでなく、横浜市新宿町(よこはましんじゅくちょう)や各地の旧街道沿いにも存在します。甲州・東海道・中山道など各街道に「新しい宿場」が設けられるたびに生まれた地名で、街道文化の証です。


一枚の宿場の看板から始まった「新宿」という地名が、300年余りで世界最多の乗降客を誇るターミナルへと成長した。その変遷は、日本の近現代史そのものといえるでしょう。