「渋谷」の地名の由来は?渋い谷に関係ある意外な歴史
「渋谷」の由来をめぐる三つの説
世界的な繁華街となった渋谷。その地名の由来には、大きく三つの説があります。第一は地形説——この地を流れる川の水が鉄分を含んで赤茶色(渋色)に濁っていたため、「渋い谷」と呼ばれたという説です。第二は人名説——中世にこの地を領した渋谷氏という武士の名に由来するという説。第三は「塩谷(しおや)」が転じたとする説です。
どの説も決め手を欠きますが、確かなのは、渋谷が文字どおり「谷」の地形だということです。駅から四方へ向かう道はどれも上り坂。道玄坂、宮益坂、スペイン坂——坂の名前に囲まれた街の構造そのものが、地名の「谷」を今も証言しています。
「渋色の水」が流れた谷
地形説の鍵になるのは、水の色です。関東ローム層の台地から湧き出す水は、鉄分を多く含むことがあります。鉄分を含んだ水は酸化して赤茶色になり、これが「渋色」——渋柿の汁のような色——と呼ばれました。この水が流れる谷だから「渋谷」という解釈です。
実際、鉄さびた水の湧く土地を「シブ」と呼ぶ例は各地の地名に見られます。「渋川」「渋温泉」など、「渋」のつく地名・温泉名には鉄分由来のものが少なくありません。渋谷の谷底にも川が流れ、周辺の湧き水を集めていましたから、地形説は土地の条件とよく合っています。
中世の武士団・渋谷氏
人名説の主役は、平安末期から鎌倉時代にかけて活動した武士団・渋谷氏です。渋谷氏は相模国(現在の神奈川県)の渋谷荘を本拠とした一族で、東京の渋谷にも領地や館があったと伝えられています。渋谷駅近くの金王八幡宮は、渋谷氏ゆかりの神社として知られ、一族の武将・渋谷金王丸の伝説を今に伝えています。
ただし、ここで問題になるのは順序です。渋谷氏がこの地を領したから渋谷という地名になったのか、それとも渋谷という地名があって、そこを領した一族が渋谷を名乗ったのか。武士の名字は領地の地名から取ることが多かったため、「地名が先、人名が後」の可能性も十分あります。鶏と卵のようなこの問題は、決着がついていません。
渋谷川はいまも地下を流れている
地名の由来とされる川は、いまも存在します。渋谷川——かつて渋谷の谷底を流れ、田畑を潤していた川です。童謡「春の小川」のモデルは、渋谷川の支流だったと伝えられています。のどかな小川の風景が、いまの渋谷の谷にあったのです。
都市化が進むと、渋谷川の上流部は暗渠(あんきょ)化され、地下の下水道に姿を変えました。若者でにぎわうキャットストリートは、まさにこの川の跡の上にあります。渋谷駅の南側では今も地上に顔を出し、再開発で生まれた渋谷ストリームの脇を流れています。地名を生んだ川が、街の地下と片隅で生き続けている——渋谷の「渋」の原点は、コンクリートの下に眠っています。
東京は「谷」だらけの街
渋谷・四谷・市谷・千駄ヶ谷・茗荷谷・谷中——東京には「谷」のつく地名が驚くほど多くあります。これは武蔵野台地という台地を、川が長い年月をかけて刻み、無数の谷を作ったためです。東京は平らな街に見えて、実は台地と谷が入り組んだ起伏の街なのです。
渋谷はその代表格で、駅周辺がすり鉢の底にあたります。豪雨時に駅へ水が集まりやすいのも、地下鉄銀座線が渋谷で「地上3階」に到着するのも、すべてこの谷地形のせいです。地下を走ってきた電車が、谷に下りていく地形に対して相対的に高い場所へ出てしまう——地名の「谷」は、現代の都市インフラの設計にまで影響を与え続けています。
道玄坂——山賊の名を刻む坂
渋谷の地名の世界で異彩を放つのが「道玄坂(どうげんざか)」です。伝承によれば、この坂に大和田太郎道玄という山賊が住み着き、旅人を襲ったことが名前の由来とされています。和田義盛の残党が山賊になったという物語仕立ての伝承で、真偽は確かめようがありませんが、悪党の名前が坂の名として数百年残ったことになります。
一方、駅の東側の「宮益坂」は、坂の途中の御嶽神社にちなみ、「宮の益にあやかる」縁起の良い名前に改められたものです。山賊の坂と、御利益の坂。谷を挟んで向かい合う二つの坂の名前の対比は、地名の生まれ方の多様さを物語っています。
ハチ公とスクランブル交差点——新しい「地名」たち
現代の渋谷では、地名に代わる新しい目印の名前が世界に知られています。忠犬ハチ公の銅像は、駅前広場の名前(ハチ公前広場)になり、待ち合わせ場所の代名詞になりました。スクランブル交差点は、一度の青信号で数千人が行き交う光景が「SHIBUYA」の象徴として、海外メディアに繰り返し登場します。
地名の由来となった渋色の川は地下に消え、谷は超高層ビルに囲まれました。それでも「シブヤ」という音は、いまや東京を、そして日本の都市文化を代表する固有名詞として、世界中で通用する言葉になっています。
谷の名前が世界語になるまで
渋色の水が流れる谷か、武士団の名か。「渋谷」の語源は確定しないままですが、その曖昧さも含めて、この地名は土地の歴史の地層を映しています。湧き水の谷、中世武士の所領、江戸郊外の村、私鉄が育てた繁華街、そして世界の「SHIBUYA」へ。
スクランブル交差点の喧騒の下に、暗渠の川が静かに流れている——この構図は、地名というものの本質をよく表しています。どれほど街が変わっても、名前は土地の最も古い記憶を運び続けるのです。