「相模原」の語源は?神奈川の古国名「相模」と「原」が示す地形の由来


相模原市とはどんな都市か

相模原市(さがみはらし)は神奈川県北部に位置する政令指定都市(2010年指定)で、人口は約72万人(2024年時点)。東京都・山梨県と隣接し、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の相模原キャンパスや国立病院機構相模原病院があることでも知られます。市の中央を南北に相模原台地が広がり、地名が示すとおり台地上の「原」が特徴的な地形です。

「相模(さがみ)」という国名の由来

「相模(さがみ)」は現在の神奈川県に相当する古代の国名「相模国(さがみのくに)」に由来します。「相模」という地名の語源については複数の説があります。もっとも知られる説は、「相武(さがむ)」という古い呼称が変化したという説です。『日本書紀』景行天皇紀にヤマトタケルが「相武国(さがむのくに)」を平定したという記述があり、「さがむ」が「さがみ」に変化したとされています。

「さがむ(相武)」の意味

「さがむ(さがも)」の語源については、「坂・境(さか)」の意味という説、アイヌ語起源説など複数あります。「さか(坂)・境」という語義とすれば、山と平野の境界・傾斜地を意味するとも解釈できます。神奈川県は丹沢山地や箱根などの山地と相模平野が接する地形であり、「坂・境」という語義が地形と一致する面があります。ただし確定した語源はなく、諸説のひとつとして扱われています。

「原(はら)」という地形語

「原(はら)」は日本語の地形語で、「広い平地・野原・草原」を意味します。相模原の「原」は相模台地上の広大な平野・台地を指しており、地形をそのまま表した地名の一部です。「原」を含む地名は日本各地にあり、「小原(おばら)」「竹原(たけはら)」「吉原(よしわら)」など、平地・草地が広がる場所の地名に多く使われます。

相模原という地名の成立

「相模原」という地名は、相模国の広大な台地(相模原台地)を指したことに由来します。江戸時代には相模川・境川流域に農村が点在し、台地上は「相模の原(さがみのはら)」と呼ばれる草地・田畑でした。近代に入ると軍用地としての開発、戦後は米軍基地(キャンプ相模原)の設置と返還、高度成長期の住宅開発が続き、現在の都市に発展しました。

戦後の急速な人口増加

相模原は戦後、急速に人口が増加した都市です。戦前は主に農村・軍都でしたが、高度経済成長期(1960〜70年代)に東京のベッドタウンとして宅地化が進みました。小田急線・横浜線・相模線などの鉄道網が整備され、東京都心への通勤が可能になったことで人口が増加しました。1954年に市制施行、2010年に政令指定都市に移行し、神奈川県で横浜・川崎に次ぐ第3の都市となっています。

JAXA相模原キャンパスとの関係

相模原市は宇宙開発の拠点としても知られています。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の相模原キャンパスには宇宙科学研究所があり、小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」の管制センターとして世界的に知られました。「はやぶさ2」のサンプルリターンカプセル回収成功(2020年)は相模原から管制されており、「宇宙のまち」としてのブランドが市の認知度を高めています。

「さがみ」という地名が残る場所

「相模」という地名は現在でも神奈川県各地に残っています。相模川・相模湖(さがみこ)・相模大野(さがみおおの)・相模鉄道(相鉄)・相模原市など、神奈川県の広域を表す地名として現役で使われています。古代の国名「相模国」が現代の地名・鉄道名・川名として生き続けていることは、地名が歴史の記憶を保存する働きを持つことを示しています。