「延岡」の地名の語源は"長い丘"?宮崎県北部の城下町の由来
1. 「延びた岡」が語源とされる
「延岡」の地名は「延びた岡(丘)」つまり長く続く丘陵地を意味するとされています。五ヶ瀬川や大瀬川に挟まれた地域に丘陵が連なる地形的特徴が名前の由来になったと考えられています。
2. もともとは「縣(あがた)」と呼ばれていた
延岡の地は古代には「縣(あがた)」と呼ばれていました。「あがた」は古代日本の地方行政単位の一つで、大和朝廷の直轄地を意味します。「延岡」という名前が使われるようになったのは江戸時代以降のことです。
3. 有馬氏が「延岡」に改名
「延岡」の名は、1712年(正徳2年)に延岡藩主・有馬氏が「縣(あがた)」から「延岡」に改名したことで定着しました。「延」には「広がる」「栄える」という縁起の良い意味があり、城下町の繁栄を願った命名とされています。
4. 延岡城(千人殺しの石垣)
延岡市のシンボルである延岡城跡には「千人殺しの石垣」と呼ばれる石垣があります。石垣の要石を外すと全体が崩れ落ちて敵兵千人を殺すという伝承からこの名がつきました。実際にそのような仕掛けがあったかは不明ですが、石垣の壮大さを示す逸話として知られています。
5. 五ヶ瀬川の鮎やなは秋の風物詩
延岡市を流れる五ヶ瀬川は清流として知られ、鮎漁が盛んです。秋に設置される「鮎やな」は延岡の風物詩で、やなで獲れた鮎をその場で焼いて食べる「やな場」は観光客にも人気があります。
6. 「旭化成の企業城下町」
延岡は旭化成の創業の地であり、企業城下町として発展してきました。1923年(大正12年)に延岡の水力発電を活用した化学工場が設立されたのが始まりで、現在も旭化成グループの多くの事業所が集積しています。
7. 宮崎県北部の中心都市
延岡市は宮崎県北部(県北)の中心都市で、人口は約11万人です。大分県との県境に近く、古くから九州東海岸の交通の要衝として栄えてきました。
8. 「のべおか」の読みの由来
「延岡」を「のべおか」と読むのは、「延(のべ)」が動詞「延べる(のべる)」の連用形であることに由来します。「延べる」は「広がる」「伸ばす」の意味で、「延べた岡=広がった丘」が転じて「のべおか」となりました。
9. 西南戦争の激戦地
延岡は1877年(明治10年)の西南戦争で激戦地の一つとなりました。西郷隆盛率いる薩摩軍が延岡の和田越(わだごえ)で官軍と激突し、この戦いの敗北後に薩摩軍は解散を宣言しました。延岡は西南戦争の最終局面の舞台となった場所です。
10. 「延岡」の名を持つ地域は珍しい
全国的に見ると「延岡」という地名は宮崎県の延岡市以外にはほとんど見られない珍しい地名です。「延」と「岡」の組み合わせ自体が独特で、有馬氏による命名が唯一の「延岡」として今に残っています。
「延びた岡」という地形の特徴から有馬氏が名付けた「延岡」。繁栄を願う「延」の字に込められた想いは、城下町から企業城下町へと形を変えながら、300年以上にわたってこの地に受け継がれています。