「向こう脛」の語源は"向こう側の脛"?ぶつけると痛い部位の由来
「向こう側の脛」が語源
向こう脛(むこうずね)の「向こう」は、自分の体を基準にした方向感覚を表す言葉です。脛(すね)を自分の視点で見たとき、脛の裏側(ふくらはぎ寄りの面)は体に近い「手前」、脛の前面は体から離れた「向こう側」にあたります。この前面部分を指して「向こう脛」と呼ぶようになりました。同様の発想は「向こう岸」「向こう三軒両隣」など、自分を起点に対象の位置を表す日本語の言い回しに広く見られます。
正式名称は「脛骨前面」
解剖学的に向こう脛にあたる部分は、膝から足首までを支える「脛骨(けいこつ)」の前面です。脛骨は人体でもっとも長い骨のひとつであり、体重を支える主要な骨でありながら、前面には筋肉や脂肪がほとんど付いていません。骨のすぐ上を皮膚が覆っているだけという構造は、全身の骨格のなかでもきわめて特殊です。
ぶつけると激痛が走る理由
向こう脛をぶつけたときの痛みが強烈なのは、衝撃を吸収するクッション(筋肉・脂肪)がほぼ存在せず、骨を包む薄い膜「骨膜(こつまく)」に衝撃がそのまま伝わるためです。骨膜には痛みを感じる神経(痛覚受容器)が非常に密に分布しており、わずかな打撲でも脳に強い痛み信号が送られます。骨折していなくても、骨膜が傷つくだけで長く痛みが続くことがあります。
「弁慶の泣き所」とも呼ばれる
向こう脛は「弁慶の泣き所」という別名でも広く知られています。武蔵坊弁慶は数々の武勇伝で知られる剛の者ですが、そんな豪傑でさえ痛みに泣くほど弱い場所、という意味でこの名がつけられました。強者にも弱点があるという発想は、日本語の慣用表現にしばしば見られる皮肉やユーモアの表れです。
弁慶の泣き所の由来には諸説ある
「弁慶の泣き所」という言い回しがいつごろから使われ始めたのかは、はっきりとした記録が残っていません。弁慶自身は史実に登場する人物ですが、「泣き所」にまつわる具体的な逸話は後世に作られた創作である可能性が高いとされています。判官びいきの人気とともに広まった弁慶の武勇伝が、江戸期以降の庶民文化の中でこうした慣用表現を生んだと考えられています。
英語では「shin」と呼ばれる
向こう脛にあたる部位は英語で「shin(シン)」と呼ばれます。英語圏でも向こう脛は日常的にぶつけやすい部位として認識されており、「to bark one’s shin」(すねをぶつけて皮をすりむく)という古い言い回しが存在します。痛みへの共感は言語や文化を超えて共通しているようです。
サッカーではレガースで保護する
サッカーでは相手選手の足やボールが向こう脛に直撃すると骨折の危険があるため、「レガース(シンガード)」と呼ばれる防具の着用が競技規則で義務づけられています。プラスチックや発泡素材でできたレガースは、薄い皮膚のすぐ下に骨がある向こう脛の構造的な弱さを補うための道具です。
すね毛が生えるのも向こう脛
いわゆる「すね毛」は、主に向こう脛の表面に生える体毛です。思春期以降、男性ホルモンの影響で濃くなりやすい部位のひとつとされています。近年は男性の美容意識の高まりから、すね毛を処理する人も増えており、向こう脛は痛みだけでなく身だしなみの面でも話題にのぼる部位になっています。
「脛をかじる」という比喩表現
「親の脛をかじる」は、経済的に自立せず親に頼って生活することを意味する慣用句です。脛は体を支える重要な部位であることから、「脛をかじる」は支えとなっている相手に負担をかけ続ける様子をたとえた表現として定着しました。向こう脛そのものとは直接関係しませんが、「脛」という語をめぐる代表的な言い回しのひとつです。
痛みの割にダメージは小さいことが多い
向こう脛は机の角やベッドフレームなど日常のあらゆる場面でぶつけやすい部位ですが、脛骨自体は人体でもっとも太く頑丈な骨のひとつであり、日常のちょっとした打撲で骨折することは多くありません。自分から見て「向こう側」にあるという素朴な理由で名付けられたこの部位は、激痛の割に実際のダメージは小さいという、痛みと構造のギャップこそが向こう脛らしさともいえるでしょう。