「盲腸(もうちょう)」の語源は?行き止まりの腸という意味の名前の由来
「盲腸が痛い」は実は虫垂炎のこと
「盲腸が痛い」「盲腸の手術をした」という表現は日本語でよく使われますが、これは厳密には正確ではありません。痛むのは「盲腸(cecum)」ではなく「虫垂(ちゅうすい、appendix)」であることがほとんどで、正式な病名は「虫垂炎(ちゅうすいえん)」です。それでも日本語の日常会話では「盲腸」が虫垂炎の俗称として広く定着しています。まず解剖学的な区別から見ていきましょう。
「盲腸」と「虫垂」の違い
盲腸(もうちょう)は大腸の始まり部分にある袋状の部分で、小腸(回腸)と大腸(結腸)が合流するところにあります。成人では長さ約5〜6cmです。虫垂(ちゅうすい)は盲腸の先端から伸びる細長い突起(長さ6〜9cm)で、ミミズのような形をしています。痛みを起こすのは虫垂が炎症を起こす「虫垂炎」ですが、日本語では長らく「盲腸炎(もうちょうえん)」または単に「盲腸」と呼ばれてきたため、この俗称が定着しました。
「盲」は「行き止まり・光が通らない」の意
「盲腸」の「盲(もう)」は「目が見えない・光が通らない」という意味の漢字ですが、ここでは転じて「行き止まり・出口のない・閉じた状態」を表します。「盲端(もうたん)」「盲管(もうかん)」のように医学・工学用語で「行き止まりになっている管・空間」を表すのに「盲」が使われます。盲腸は大腸の始まりで、その端(虫垂側)は出口のない袋状になっているため「盲腸(行き止まりの腸)」と命名されました。
「盲」という字の多様な用法
「盲(もう)」は「目が見えない(盲目)」という意味が一般的ですが、「塞がれている・通じていない」という意味でも使われます。「色盲(しきもう)」「文字盲(もじもう)」などは感覚や認識が「通じない」状態を表し、医学用語では「盲端(行き止まり)」「盲孔(通り抜けない穴)」のように使います。また「夜盲症(やもうしょう・とりめ)」のように、機能が「通じない・働かない」状態を表す医学用語に多用されます。
虫垂は「退化した臓器」か
虫垂はかつて「退化した痕跡器官」で機能がないとされていましたが、近年の研究で腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)の「リセットボタン」的な機能を持つ可能性が指摘されています。激しい下痢などで腸内の善玉菌が大量に失われたとき、虫垂に保存されていた細菌が腸内フローラを再建する役割を担うという仮説です。ただし現時点では確定的ではなく、虫垂のすべての機能が解明されているわけではありません。
虫垂炎の症状と手術
虫垂炎の典型的な症状は、最初は上腹部・臍周囲の痛み(その後右下腹部へ移動)・発熱・吐き気です。「マクバーニー点(臍と右腸骨棘を結ぶ線の外側1/3)」を押すと痛む「圧痛点」が診断のポイントのひとつです。治療は抗生物質による保存的治療か、腹腔鏡手術による虫垂切除(アペンデクトミー)が行われます。現代では腹腔鏡手術が主流で、術後数日で退院できる症例も多くあります。
右下腹部が痛くなったら
右下腹部の痛みは虫垂炎の典型的な症状ですが、鑑別診断が必要な疾患は他にもあります。女性では卵巣嚢腫の茎捻転・卵管炎・異所性妊娠(子宮外妊娠)、男性では鼠径ヘルニアの嵌頓、そのほか腸閉塞・尿路結石・腸炎なども考えられます。「盲腸が痛い→急いで手術」という思い込みは危険で、正確な診断が重要です。突然の激しい腹痛・発熱が続く場合は速やかに医療機関を受診することが大切です。
「盲腸」という俗称が定着した理由
「虫垂炎」という正式名称より「盲腸」という俗称が普及したのは、虫垂が盲腸の先端についているために混同されやすかったこと、また「虫垂炎」より「盲腸」のほうが短く言いやすかったことが理由と考えられます。日本語の医学用語と日常語の乖離の好例で、「盲腸手術」「盲腸が破裂しそう」などの俗称は今後も医学的な厳密さより日常的な慣用として使われ続けるでしょう。語源の「行き止まりの腸」という意味は、解剖学的な実態をよく表した命名です。