「もみあげ」の語源は"揉み上げた髪"?耳の前の毛の名前の由来
「揉み上げる」が語源、江戸時代の髪型文化
「もみあげ」の語源は、髪を**「揉み上げる」**ように耳の前で整えたことに由来するとされています。江戸時代、男性がまげを結う際に耳の前の髪を手で揉むようにして上向きに整えた行為が「揉み上げ」と呼ばれ、やがてその部分の毛自体を指すようになりました。月代(さかやき)を剃り、まげを結うスタイルでは耳の前の毛の処理が重要で、この部分をどう整えるかは身だしなみの一部でした。動詞の「揉み上げる」がそのまま体の一部の名前になったのは、髪型を整える一連の所作の中でも、耳前の毛を扱う手つきが特に印象的だったことをうかがわせます。
女性の場合は「鬢(びん)」と呼ばれた
女性の耳の前の髪は「鬢(びん)」と呼ばれ、「もみあげ」とは区別されていました。日本髪の鬢は横に張り出すように整えるもので、「もみあげ」のように上方向に揉み上げるのではなく、横方向に広げる技法が使われていました。同じ耳の前の部位でありながら男女で異なる呼び名と技法が生まれたのは、当時の男性と女性の髪型がまったく異なる方向性で発達していたためです。
英語の「sideburns」と医学用語「耳前毛」
もみあげの英語名「sideburns(サイドバーンズ)」は、南北戦争時代のアメリカの将軍アンブローズ・バーンサイドに由来するとされています。バーンサイド将軍の特徴的なもみあげが「burnsides」と呼ばれ、のちに語順が入れ替わって「sideburns」になりました。一方、解剖学・医学の分野では、もみあげは「耳前毛(じぜんもう)」と呼ばれます。頭髪とひげの境界領域に位置する毛で、頭髪ともひげとも異なる性質を持ち、男性ホルモンの影響を受けやすく思春期以降に濃くなる傾向があります。日本語の「もみあげ」が所作から生まれた呼び名であるのに対し、英語の「sideburns」は特定の人物の見た目から生まれた呼び名である点で、同じ部位の名付け方の違いが文化差として表れています。
もみあげの形は時代で変わる
もみあげの流行は時代によって変化してきました。1970年代はエルヴィス・プレスリーの影響で長いもみあげが流行し、1990年代以降は短く整えるスタイルが主流になりました。現在はフェードカットの流行により、もみあげを短くグラデーションさせるスタイルが人気です。
理容と美容でカットの扱いが異なる
日本の理容師法と美容師法では、もみあげの扱いに違いがあります。理容師はカミソリを使ってもみあげを剃って整えることができますが、美容師はカミソリの使用が制限されるため、ハサミでカットして整えるのが基本です。
もみあげが生えない人もいる
もみあげの濃さや形は個人差が大きく、ほとんど生えない人もいます。これは遺伝的な要因が大きく、人種や個人の毛髪の特性によって決まります。もみあげが薄いことは医学的な異常ではなく、正常な個人差の範囲です。
歌舞伎では「もみあげ」も役作りの一部
歌舞伎では登場人物のもみあげの形が役柄を表す重要な要素です。荒事(あらごと)の主人公はもみあげを大きく誇張して描き、力強さを表現します。鬘(かつら)のもみあげ部分は「びん」と呼ばれ、役柄に合わせて丁寧に作り込まれます。江戸時代の実際の髪型文化で生まれた「揉み上げ」という技術が、舞台の上では誇張された記号として役柄そのものを表現する道具に転じている点は興味深い展開です。
「もみあげ」と「こめかみ」は隣同士
顔の部位として「もみあげ」と「こめかみ」は隣接していますが、指す場所は異なります。こめかみは目と耳の間のこぶし状の部分で、もみあげは耳の前に生えている毛を指します。「こめかみ」は骨格の名称、「もみあげ」は毛の名称という違いがあります。
江戸時代の男性が耳の前の髪を「揉み上げて」整えたことから名づけられた「もみあげ」。髪型文化の変遷とともにそのスタイルも変わり続けていますが、「揉み上げる」という手の動きの記憶は、名前の中に今も残っています。