「味醂(みりん)」の語源は中国の甘い酒「蜜淋」?みりんのルーツ


語源は中国の甘い酒「蜜淋(ミーリン)」「美淋」説

「みりん」の語源として最も有力とされるのが、中国の甘い醸造酒「蜜淋(ミーリン)」に由来するという説です。「蜜(ミー)」は蜂蜜・甘いものを意味し、「淋(リン)」は液体が滴り流れる様子を表します。甘くとろりとした液体という性質をそのまま言葉にしたこの中国語が、日本に伝わる過程で「みりん」という音に変化したと考えられています。もうひとつの語源表記として「美淋(みりん)」という形も伝わっており、「美(み)」は美しい・優れたという意味を持つことから、「美しく流れる酒」を意味する言葉として、「蜜淋」と関連する表記だったと考えられています。

「味醂」はあて字にすぎない

現在一般的に使われる「味醂」という漢字表記は、語源とは無関係なあて字です。「味(み)」「醂(りん)」とも、みりんの語源を直接示す文字ではなく、「みりん」という音に対して漢字を後から当てはめたものとされています。「醂」という字は本来「梅や柿の渋みを抜く」という意味を持ちますが、みりんの製法や性質とは直接の関係はありません。漢字から語源を読み解こうとすると誤解を生むケースの典型例といえます。

みりんが日本に伝わった時期

みりんが日本に伝来した時期については諸説あります。室町時代末期から戦国時代にかけて中国や南方からもたらされたという説が有力で、16世紀ごろには甘い酒として飲まれていたとされます。当初は飲料酒として扱われ、甘口の嗜好品として武将や貴族層の間で珍重されていました。調味料として広く使われるようになるのは江戸時代中期以降のことです。

もともとは「飲む酒」だった

江戸時代初期まで、みりんは現在のような料理用調味料ではなく、甘い飲み物としての酒でした。女性や甘いものを好む人々向けの上品な甘口酒として流通しており、清酒に比べてアルコール度数が低く飲みやすいものだったとされます。江戸の文献にはみりんを温めて飲む記録が残っており、現在の甘酒のような感覚で親しまれていたと考えられます。

料理への転用——醤油・だしとの出会い

みりんが本格的に料理用調味料として定着したのは江戸時代中期から後期にかけてのことです。江戸では濃口醤油の普及とともに、醤油・みりん・だしを合わせて照り・つや・甘みを出す調理法が発達しました。うなぎの蒲焼き、すき焼き、煮物など、現在の和食に欠かせない味の多くがこの時期に確立されたとされ、みりんの甘みが醤油の塩辛さをやわらげ、加熱によって生まれる照りが料理の見栄えを高めました。

みりんの製法——もち米と麹と焼酎

本みりんの原料はもち米・米麹・焼酎(または醸造アルコール)の三つです。もち米を蒸して米麹と混ぜ、焼酎に漬けて糖化・熟成させることで甘みと旨みが生まれます。アルコール分はおよそ14パーセント前後あり、酒税法上は酒類に分類されます。この製法は甘い酒に近いものというみりんの本来の性質を今も受け継いでいます。

「みりん風調味料」との違い

スーパーなどで広く売られている「みりん風調味料」は、本みりんとは製法が大きく異なります。本みりんが米麹と焼酎による自然な発酵・糖化から生まれるのに対し、みりん風調味料は水あめや糖類、グルタミン酸などを混合して風味を再現したもので、アルコール分はほぼ含まれません。そのため酒税法の対象外となり価格が安く抑えられますが、加熱による香りの変化や照りの出方は本みりんとは異なります。

「照り」と「つや」を生む化学反応

みりんを加熱調理に使ったときに生まれる照りとつやは、糖とアミノ酸が反応するメイラード反応と、糖が加熱されて生じるカラメル化反応によるものとされています。本みりんには糖類だけでなく各種アミノ酸も含まれているため、加熱によってより複雑で豊かな風味と色味が生まれます。単に砂糖で甘みをつけるだけでは再現できない料理の仕上がりの差は、この化学反応の豊かさに起因しています。

「みりん」の語は世界に広がりつつある

和食の国際的な普及とともに、「MIRIN」という言葉は英語圏でもそのまま使われるようになっています。日本料理レシピの翻訳では”sweet rice wine”などと説明されることもありますが、近年は代替表現を使わず”mirin”とそのまま記載するレシピが増えています。世界の料理人たちが和食の調理技術を学ぶ中で、みりんの甘み・照り・コクを生み出す力が注目されており、日本の発酵食品文化を伝える存在になりつつあります。「蜜淋」という中国語の甘い液体から出発し、飲み物として日本に根づき、やがて料理の縁の下を支える調味料へと姿を変えたみりん。「味醂」というあて字の奥には、甘さとなめらかさを愛でてきた人々の長い歴史が流れています。