「味覚(みかく)」の語源は?五感の一つと日本人が発見した「旨味」の物語


「味を覚する」という漢語構成

「味覚」という言葉は、「味を覚(かく)する=味を知覚する・感じ取る」という漢語の構成に由来します。「覚」は「覚知」のように、気づく・感じるという意味を持つ漢字で、視覚・聴覚・嗅覚・触覚と並ぶ五感の一つとして、味という化学的な刺激を感じ取る感覚を指す言葉として定着しました。

甘・酸・塩・苦・旨という五つの基本味

人間が感じる基本味は、現在では甘味・酸味・塩味・苦味・旨味の五種類とされています。かつて西洋の標準とされていたのは甘・酸・塩・苦の四基本味でしたが、これに旨味が加わったのは20世紀に入ってからのことです。旨味は日本人研究者の発見によって世界的に認められるようになった、比較的新しい概念です。

池田菊苗が昆布だしから見出した旨味

旨味という概念を1908年に提唱したのは、東京帝国大学の池田菊苗博士です。昆布のだし汁に独特のコクを感じたことをきっかけに研究を進め、その正体がグルタミン酸であることを突き止めました。その後、鰹節に含まれるイノシン酸や干し椎茸に含まれるグアニル酸も旨味成分として発見され、これらを組み合わせることで旨みが何倍にも増すことがわかっています。日本の出汁文化は、こうした旨味成分を経験的に使いこなしてきた食文化だといえます。

味を感じ取る器官、味蕾のしくみ

味を感知しているのは、舌の乳頭や軟口蓋、咽頭などに分布する味蕾という微小な器官です。成人にはおよそ5000から1万個の味蕾があるとされ、その中の味細胞が食べ物の化学物質に反応することで電気信号が生まれ、神経を通じて脳に伝わります。味蕾を構成する細胞はおよそ10日という短いサイクルで新しいものに入れ替わっています。

否定された「舌の地図」という俗説

かつて教科書にも載っていた、舌の場所によって感じる味が異なるという「舌の地図」の説は、現在では誤りだったことがわかっています。実際には舌全体に分布する味蕾で、あらゆる種類の味を感じ取ることができます。この説は19世紀のドイツの研究が誤って広まったものとされ、数十年にわたって世界中で信じられていたという、科学的な誤りが定着してしまった一例として知られています。

年齢とともに変わる味の感じ方

味覚は年齢によっても変化します。子どもは味蕾の数が多く味に敏感なため、苦味や辛味を強く嫌う傾向があります。一方で高齢になると味蕾の数がおよそ三分の一にまで減り、塩味や甘味への感受性が下がるため、次第に濃い味を好むようになります。子どもがピーマンのような苦い野菜を嫌うのも、苦味を毒のサインとして避ける本能的な反応だと考えられています。

味と香りをつなぐ嗅覚との連携

風邪をひくと食べ物の味がしなくなるのは、味覚と嗅覚が密接に連携しているためです。甘・酸・塩・苦・旨という基本の五味は嗅覚がなくても感じ取れますが、コーヒーやワインの複雑な風味のような繊細な味わいのほとんどは、鼻の奥から届く香りによって作られています。鼻をつまむとジュースの風味がわからなくなるのも、この仕組みによるものです。

亜鉛不足が招く味覚障害

現代人に増えている味覚のトラブルとして、味覚障害が挙げられます。味が分からなくなったり、実際とは違う味に感じられたりする症状で、主な原因の一つとされているのが亜鉛不足です。味蕾の細胞は数日単位で新しく生まれ変わっており、この細胞の生成には亜鉛が欠かせません。インスタント食品や加工食品に偏った食生活を続けると亜鉛が不足しやすく、味蕾の更新が滞って味覚の低下につながると指摘されています。牡蠣や赤身の肉、ナッツ類など亜鉛を多く含む食品を意識してとることが、味覚障害の予防や改善に役立つとされています。

味覚ではなく痛覚に近い辛味の正体

「辛い」という感覚は、厳密には味覚ではなく痛覚や温覚に近いものです。唐辛子のカプサイシンやわさびの成分は、味蕾ではなく痛みや熱を感じ取る受容体に作用します。辛いものを食べると汗が出たり体が熱くなったりするのは、熱さや痛みを感じるのと同じ神経が働いているためです。

訓練で磨かれる味覚の感度

ソムリエや利き酒師のように味覚の鋭さで知られる専門家は、生まれつきの資質だけでなく、訓練や経験の積み重ねによって識別能力を高めています。味の感じ方には遺伝的な個人差もあり、人一倍味を強く感じる「スーパーテイスター」と呼ばれる人も存在しますが、それとは別に、注意深く味わい続けることで感度が磨かれていくことも研究で示されています。ワインの産地や品種を言い当てるソムリエの能力は、生まれ持った感覚だけでなく、長年の訓練と記憶の蓄積によって培われたものです。「味を知覚する」という語源を持つ味覚は、単に甘い・しょっぱいを感じ分けるだけでなく、嗅覚や触覚と連携しながら磨かれていく奥深い感覚だといえるでしょう。