「国立」の語源は国分寺+立川?二つの駅名を合体させた地名の由来
1. 「国分寺」+「立川」の合成地名
「国立(くにたち)」の語源は、JR中央線の**「国分寺」駅と「立川」駅の間に新駅が作られた際、両駅の頭文字を取って「国」+「立」**と名づけたものです。古い地名ではなく、大正時代に人工的に作られた合成地名です。
2. 「くにたち」であって「こくりつ」ではない
「国立」と書いて**「くにたち」**と読みます。「こくりつ」と読み間違えられることが非常に多く、「国立大学」の「こくりつ」と混同されがちです。一橋大学のキャンパスがあることもあり、「国立(こくりつ)大学が国立(くにたち)にある」という偶然が生まれています。
3. 大正時代の学園都市構想から誕生
国立の街は、1926年(大正15年)に**箱根土地株式会社(現・プリンスホテル)**の堤康次郎が開発した計画的な学園都市です。東京商科大学(現・一橋大学)の誘致を核として、文教地区にふさわしい街づくりが行われました。
4. 放射状の道路設計
国立駅南口から延びる大学通りを中心に、放射状に道路が配置された街並みが特徴です。この計画的な道路設計は開発当初から意図されたもので、ヨーロッパの都市計画を参考にしたとされています。
5. 大学通りの桜並木が象徴
国立のシンボルは大学通りの桜並木です。約1.7kmにわたって約200本の桜が植えられており、春には見事な桜のトンネルが出現します。秋のイチョウ並木も美しく、四季を通じて豊かな景観を楽しめる通りです。
6. 文教地区の指定で守られた環境
国立市は文教地区の指定を受けており、パチンコ店やカラオケボックスなどの出店が制限されています。学園都市としての品格を守るための規制で、静かで落ち着いた住環境が維持されている理由のひとつです。
7. 一橋大学のキャンパスが中心
国立の街の中心には一橋大学のキャンパスが広がっています。1927年に東京商科大学として移転してきて以来、街の発展と大学の歴史は密接に結びついています。大学の建物や並木がそのまま街の景観を形成しています。
8. 駅舎の復元が話題に
国立駅の旧駅舎は1926年に建てられた三角屋根の木造洋風建築で、街のランドマークでした。中央線の高架化に伴い2006年に解体されましたが、市民の保存運動を経て2020年に復元されました。
9. 合成地名は全国に多数存在
国立のように二つの地名を合成して新地名を作る例は全国に多数あります。泉北(和泉+堺北部)、**豊中(豊島+中之島)**など、特に近代以降の都市開発で新たに地名が必要になった際に合成地名が多く生まれています。
10. 「くにたち」の響きが街のブランドに
「国立(くにたち)」という響きは、開発から100年を経て立派なブランドになっています。文教地区の落ち着いた雰囲気、桜並木の美しさ、一橋大学の知的なイメージが「くにたち」の四文字に凝縮され、住みたい街として高い評価を受け続けています。
国分寺と立川の間に生まれた合成地名「国立」。大正時代の学園都市構想から始まったこの街は、わずか100年で二つの駅名の頭文字から、文教と緑の街を象徴するブランドへと成長しました。