「かき氷」の語源は氷を「欠く」こと?平安貴族も食べた冷菓の歴史
1. 「かき氷」は「欠き氷」が語源
「かき氷」を漢字で書くと「欠き氷」または「掻き氷」です。氷を「欠く(かく)」すなわち削り取ることからついた名前で、道具で氷を薄く削って作る調理法がそのまま名前になっています。「かき」は動詞「欠く・掻く」の連用形で、氷に直接働きかける動作を指しています。
2. 原型は平安時代の「削り氷(けずりひ)」
かき氷の原型として知られるのが、平安時代に貴族が食べた「削り氷(けずりひ)」です。清少納言の随筆「枕草子」(約1000年前)に「削り氷にあまずら入れて、新しき金椀に入れたる」という記述があります。甘葛(あまずら)と呼ばれる植物の甘い蔓汁をかけたもので、現代のかき氷の直接の先祖といえます。
3. 「あまずら」は平安時代のシロップ
清少納言が記した「あまずら(甘葛)」は、ツタやアマチャヅルの蔓を煮詰めて作った天然の甘味料です。砂糖が庶民に普及するはるか前の時代、貴族だけが口にできた高級な甘味でした。現代のいちごシロップやレモンシロップに対応するものが、当時は植物の蔓汁だったのです。
4. 平安時代の氷は超高級品
平安時代、氷は冬に山間の氷室(ひむろ)に蓄えられ、夏に朝廷へ献上されるものでした。現在の奈良県や京都府には氷室の地名が残っており、当時いかに氷が貴重だったかがわかります。削り氷を口にできたのは天皇や上級貴族など、ごく限られた人々だけでした。
5. 江戸時代には「氷水(こおりみず)」として庶民に
江戸時代後期になると、商人が越後(現在の新潟県)や日光などから天然氷を運んで江戸で売り始めました。「氷水(こおりみず)」「氷店(こおりみせ)」と呼ばれ、暑い夏に涼を求める庶民の人気を集めました。ただしまだ高価だったため、誰もが気軽に食べられるものではありませんでした。
6. 明治時代に「かき氷」の名が定着
「かき氷」という呼び名が広く使われるようになったのは明治時代以降とされています。明治2年(1869年)、横浜に日本初の氷水店が開業し、文明開化の波とともに西洋式の製氷技術が入ってきました。人工氷の製造が可能になり、夏季の大衆向け食べ物として一気に普及しました。
7. 「欠く」と「掻く」の二つの漢字表記
「かき氷」の「かき」には「欠き」と「掻き」の二表記があります。「欠く」は切り離す・削り取るという意味、「掻く」は表面をこすって集めるという意味です。現代の削り器で薄く削る動作は「掻く」に近く、昔の刃物で氷を欠き割る動作は「欠く」に近いともいえます。どちらの表記も誤りではなく、現代ではひらがなの「かき氷」が最も一般的です。
8. 地域によって異なる呼び名
かき氷は地域によってさまざまな呼び名があります。関西では「氷(こおり)」と呼ぶことが多く、「ひとつ氷をください」という言い方が通じます。また屋台や縁日では「氷旗(こおりばた)」と書かれた青い布旗が目印で、これを見ると夏の到来を感じる人も多いでしょう。
9. 台湾かき氷・韓国かき氷との違い
近年人気の台湾発「雪花冰(スノーフレーク)」は、牛乳や果汁を凍らせて削ったもので、ふわふわとした食感が特徴です。韓国の「ビンス(빙수)」も練乳をかけるなど独自のスタイルがあります。日本の「かき氷」が水の透明な氷を削るのに対し、台湾・韓国のかき氷は素材そのものを凍らせて削る点が異なります。
10. 現代のかき氷ブームと「高級かき氷」
2010年代以降、専門店が手がける「高級かき氷」がブームになっています。天然氷を使用したもの、果物の生シロップをかけたもの、中に餡やアイスを包んだものなど、多様な進化を遂げました。一杯1000円以上の価格でも行列ができる人気店が生まれ、かき氷は「夏の安い軽食」から「本格スイーツ」へと格上げされつつあります。
平安貴族が甘葛をかけて楽しんだ「削り氷」から約千年、かき氷は庶民の夏の楽しみへと姿を変えながら受け継がれてきました。「欠く(かく)」という動詞が語源にある通り、氷を削るという単純な技法が日本の食文化に深く根ざした一品です。