「走る」の語源は"馳せる(はせる)"?速く移動する言葉の由来
「馳せる(速く駆ける)」と関連する
「走る(はしる)」は古語の「馳せる(はせる=速く駆ける)」と語源的に関連するとされています。足を使って地面を蹴り、速く移動する行為を表す日本語のもっとも基本的な動詞の一つです。人間の身体動作の中でもとりわけ根源的な行為を表す言葉であるだけに、比喩として転用される範囲もきわめて広くなっています。
「走る」は多義語
「走る」は物理的に駆けることだけでなく、「稲妻が走る」「痛みが走る」「亀裂が走る」のように、何かが素早く直線的に移動・伝播する様子全般を表す多義語です。足を使うという具体的な動作から、目に見える現象や体の感覚が瞬時に伝わる様子まで指せるようになったのは、「速さ」と「直線的な伝わり方」という二つの要素だけを抽出して比喩に転用したためだと考えられます。
「韋駄天走り」と「駅伝」の由来
「韋駄天走り(いだてんばしり)」は仏教の守護神・韋駄天(いだてん)が足が速いことに由来する表現で、非常に速く走ることの比喩として使われます。一方「駅伝(えきでん)」はもともと古代の通信制度「駅伝制(えきでんせい=馬を乗り継いで文書を運ぶ制度)」に由来します。走者がたすきをつなぐ現代の駅伝競技は、この制度を競技化したものであり、人がひとりで走り切るのではなく、複数人でつないで目的地に届けるという発想そのものが、通信制度の仕組みをそのまま受け継いでいる点が興味深いところです。
「マラソン」はギリシャの地名から
マラソンの名前は紀元前490年のマラトンの戦いに由来します。勝利を伝えるために兵士がマラトンからアテネまで約40km走ったという伝説が、42.195kmの競技の起源です。日本語の「走る」が持つ「知らせを伝える」という側面と、マラソンの起源となった伝令の逸話には、走ることが単なる移動手段ではなく情報を届ける行為でもあったという共通点が見えてきます。
「師走」「走り書き」に見る速さの比喩
12月の異名「師走(しわす)」は「師(僧侶)も走るほど忙しい月」が語源とされ、年末の慌ただしさを「走る」で表現した日本的な月名です。同様に「走り書き(はしりがき)」は急いで雑に書くことを意味し、筆が走るように素早く書く様子から来ています。月の名前にも筆の動きにも「走る」が使われているのは、この語が単に足の動作にとどまらず、「余裕なく物事が進む」という感覚全般の比喩として日本語に浸透していることを示しています。
「走り出したら止まらない」と「旬の走り」
「走り出したら止まらない」は勢いがついて制御できない状態を表す表現です。走る行為が持つ「加速」と「止まりにくさ」のイメージが、心理的な勢いの比喩に転用されています。一方、食の世界で使われる「走り(はしり)」は旬の食材がもっとも早い時期に出回ることを指す用語で、「走りの松茸」「走りの鰹」のように、季節に先駆けて出る食材を指します。前者が「止まらない勢い」、後者が「先頭を切る早さ」と、同じ「走り」でも切り取っている側面が異なる点が対照的です。
人類が走るために進化してきた理由
人間の体は長距離走行に適した構造に進化しているとされています。直立二足歩行・発汗による体温調節・長い腱は、他の動物にはない「走るための進化」の結果です。走ることは人間の本能であり、稲妻が走り、筆が走り、師も走ると表現されるすべての比喩の根底には、この身体的な本能への信頼があるといえます。
速く移動する「走る」。足で駆け、稲妻が走り、筆が走り、師も走る。この一語があらゆる「速さ」を表現できるのは、走ることが人間のもっとも原始的で力強い動作だからです。