「函館」の語源はアイヌ語と箱形の館?二重の由来が交差する港町の地名


1. 「函館」はもとは「箱館」と書いた

現在の「函館」という表記は明治以降のもので、もとは**「箱館(はこだて)」**と書きました。「箱」の字が「函」に変わったのは1869年(明治2年)のことで、開拓使の設置に伴う改称です。読み方は「はこだて」のまま変わりませんでした。

2. 「箱館」の語源は箱形の館

「箱館」の名前の由来として有力な説は、箱形をした館(たて)=防御施設があったからというものです。15世紀ごろ、河野政通という豪族が現在の函館山の麓に砦(とりで)を築いた際、その建物が箱のような形をしていたため「箱館」と呼ばれるようになったと伝えられています。

3. アイヌ語「ウスケシ」も語源の候補

一方で、この地にはアイヌの人々が先に暮らしており、アイヌ語で**「ウスケシ(us-kes)」=「湾の端・岬の先」**と呼んでいたという説もあります。和人がこの地に進出する以前からの地名が、後に「箱館」という漢字表記に当てられた可能性も考えられています。

4. 「館(たて)」は北海道の地名によく出てくる言葉

「〇〇館(たて)」という地名は北海道に多く見られます。これは和人が蝦夷地に進出した際に築いた防御施設「館(たて)」に由来するものが多く、函館はその代表例です。「館」は城よりも小規模な砦・館所を指します。

5. 函館は北海道で最も早く開けた港

函館(箱館)は江戸時代後期から対外交易の窓口として重要視されました。1854年の日米和親条約で下田とともに開港地に指定され、北海道で最初の本格的な国際港となります。この開港が函館の近代化と発展の起点です。

6. 「箱館戦争」という幕末の戦い

1868〜1869年、戊辰戦争の最終局面として「箱館戦争」が起きました。旧幕府軍の榎本武揚らが五稜郭を拠点に抵抗しましたが、新政府軍に敗れて降伏します。この戦いが「箱館」から「函館」への改称のきっかけとなりました。

7. 「函」の字に込められた意味

「函」という漢字はもともと「箱・器」を意味する字で、意味としては「箱」とほぼ同じです。改称の際に同義の字を選んだのは、地名の響きや意味を変えず、字面だけを改めた形です。「函館」はいわば「箱館」の書き換え版ともいえます。

8. 函館山は天然の要害だった

函館の地形は独特で、函館山という独立した山が細長い砂州でつながった半島状になっています。この天然の要害を利用して館が置かれたことも、地名の「館(たて)」と深く結びついています。函館山頂からの夜景が世界三大夜景のひとつに数えられるのも、この特殊な地形のおかげです。

9. 五稜郭の名前は星形の郭から

函館のもうひとつの象徴・五稜郭は、星形(五芒星形)をした西洋式の城郭に由来します。1866年完成のこの要塞は日本初の西洋式城郭で、「五つの稜(角)を持つ郭(くるわ)」そのままが名称になっています。

10. 函館は「坂の街」としても知られる

函館市内には八幡坂・二十間坂・基坂など、石畳の坂道が多数あります。これらの坂名も歴史的な由来を持つものが多く、地名・坂名のひとつひとつに開拓の歴史が刻まれています。地名の語源を辿ることは、街の成り立ちそのものを読み解くことでもあります。


アイヌの人々が「湾の端」と呼んだ地に、和人が箱形の館を築き、それが「箱館」→「函館」へと変化してきた。ひとつの港町の名前に、先住民族と和人の交差する歴史が重なって息づいています。