「恵比寿」の語源――ビール工場に由来する地名と七福神の縁
「恵比寿」は地名としては比較的新しい
「恵比寿(えびす)」という地名は、東京の中でも成立が新しい部類に入ります。江戸時代の恵比寿周辺は「下渋谷村」と呼ばれる農地で、現在のような地名は存在していませんでした。「恵比寿」の名が生まれたのは、明治時代に起きたある出来事がきっかけです。
ヱビスビール工場が地名の由来
1890年(明治23年)、この地に「恵比寿麦酒(ヱビスビール)」の醸造工場が建設されました。七福神の恵比寿様にちなんで名付けられた工場名は評判を呼び、最寄り駅として1901年(明治34年)に「恵比寿駅」が開業します。以後、駅名が周辺地域の通称として定着し、やがて正式な地名として扱われるようになりました。企業名から地名が生まれるという、当時としては珍しい経緯をたどっています。
七福神「えびす様」の名前の語源
地名の由来となった「えびす」という神名自体にも諸説あります。「えびす」はもともと「蛭子(ひるこ)」という神と同一視されることがあり、水辺の生き物を意味する「蛭(ひる)」との関連が指摘されることがあります。また「えびす(夷・戎)」は「遠方の人・よそ者」を意味する古語だったとする説もあり、海の向こうから恵みをもたらす神という性格と結びつくとされています。
鯛と釣り竿を持つ神の姿
えびす様は鯛を抱え釣り竿を手にした姿で描かれる、商売繁盛・豊漁の神として親しまれています。七福神の中で唯一日本生まれの神とされる点も特徴で、「えべっさん」という愛称でも呼ばれます。毎年1月10日には各地の戎神社で「十日戎(とおかえびす)」が行われ、笹に縁起物を飾った「福笹」が授与される光景が恒例になっています。
「耳が遠い神様」という言い伝え
えびす様には「耳が遠い」という言い伝えが古くからあります。十日戎の参拝では大声で祈願する習わしがあり、拝殿の板を叩いて音を立てながら参拝する地域も残っています。この「耳が遠い」という性格は、遠い海の彼方からやってくる異人・よそ者としてのえびす様の出自を反映したものだという見方があります。
ビール工場から恵比寿ガーデンプレイスへ
明治の恵比寿に建てられたヱビスビール工場は、1988年(昭和63年)に操業を終えました。跡地は再開発され、ショッピング施設・レストラン・ホテルが入る複合施設「恵比寿ガーデンプレイス」として生まれ変わっています。敷地内の「ヱビスビール記念館」では、地名の由来となった工場の歴史を今も伝えています。
高級住宅地としての恵比寿の発展
1990年代以降、渋谷や代官山に近い立地と落ち着いた街並みから、恵比寿は高級住宅地・おしゃれな街として存在感を高めていきました。「住みたい街ランキング」で常に上位に挙がり、感度の高いレストランやカフェが集まる街というイメージが定着しています。ビール工場の街から住宅街へという変貌は、原宿と並んで語られる東京の地名変遷の一例です。
「えびす顔」という表現に残る親しみ
えびす様の福々しい笑顔は「えびす顔(えびすがお)」という慣用表現としても言葉に残っています。満足そうな・うれしそうな表情を指し、「えびす顔で帰っていった」のように使われます。神様の顔立ちがそのまま日常語の表情表現になっているのは、えびす様がいかに庶民に親しまれてきたかを物語っています。
全国に広がる戎神社と地名の行方
えびす様を祀る神社は全国に約3500社あるとされ、兵庫県西宮市の西宮神社(えびす宮総本社)、大阪の今宮戎神社などが代表格です。西宮神社で毎年1月10日朝に行われる「福男選び」は、一番乗りを競うニュースとしても知られています。神様の名前がビール工場の名になり、その工場名がやがて地名になった「恵比寿」は、商業と信仰、そして都市開発が重なり合って生まれた、東京らしい地名のひとつといえます。