「ちょろまかす」の語源は?江戸初期の京都の遊里で生まれた俗語
辞書は江戸初期の京都の遊里の流行語とする
精選版日本国語大辞典などによると、「ちょろまかす」は江戸初期の京都の遊里(島原・伏見)で流行した語とされます。擬態語「ちょろ」に「めかす」が付いて生じたもので、「ごまかす」「だまかす」のように「…かす」「…まかす」の形をとる当時の語に引かれて「まかす」の形になったと推測されています。用例は1688年の『好色盛衰記』などに見られます。意味は、人の目をごまかして盗む、数量や金額をごまかして得をする、言い逃れでその場をごまかす、といったものです(古くは女性をだまして関係を結ぶ意味もありました)。
猪牙舟(ちょき)にまつわる説
「ちょろまかす」の語源として、江戸の小舟「猪牙舟(ちょきぶね)」の船頭が客を遠回りさせたり約束と違う場所に連れて行ったりして余分な船賃を取る行為に由来するという説も語られます。しかし、辞書では確認できず、文献上の裏付けも確認できていません。上の辞書の説明(江戸初期の京都の遊里の語)とも合わないため、確かな語源としては扱えない俗説と考えるのが妥当です。
「ちょろい」+「まかす」とする説
「ちょろい(容易い・甘い)」に「まかす」が付いた合成語とする説もあり、「ちょろい相手をまかす」=「騙しやすい相手をうまく欺く」が縮まったという解釈です。意味の上では分かりやすい説明ですが、辞書は擬態語「ちょろ」に由来するとしており、この合成語説は辞書では確認できていません。
「ちょろい」の語源
「ちょろい」は、一般に「取るに足りない・簡単な」という意味の形容詞で、「ちょろちょろ」(水が細く流れる様子・小さく動き回る様子)などの擬態語と関わりがあると考えられています。「ちょろい仕事」「ちょろい相手」のように、軽くこなせる・騙しやすいという含意を持ちます。小さく落ち着きなく動く様子を表す擬態語から、物事の容易さを表す形容詞が派生するのは、日本語の語形成によく見られる流れだと考えられます。
「まかす」は「ごまかす」と関わるか
辞書は「ちょろまかす」の形が「ごまかす」などの語の影響を受けて生じたと推測しています。「まかす」の部分が「うまく処理する・取り繕う」を意味する接尾語的な要素とみる見方もありますが、確認できていません。「言いまかす(言い負かす)」「言いくるめる」のように、相手を言葉や態度でうまく制する意味の動詞群に連なる可能性が指摘されています。
江戸時代に定着した俗語
「ちょろまかす」は江戸初期の京都の遊里で流行した後、江戸時代を通じて使われたとされます。金銭や物をこっそり自分のものにする、数をごまかすといった場面で使われ、庶民のあいだの日常的なずるさを表す口語として定着しました。武家言葉や正式な文書には現れにくい、庶民の生活感覚に根ざした語です。町人文化が花開いた江戸の町では、こうした軽い駆け引きやごまかしを面白おかしく描く戯作文学が数多く生まれ、「ちょろまかす」のような俗語が生き生きと記録されていきました。
「ちょろまかす」と「くすねる」の違い
「ちょろまかす」と「くすねる」はどちらも「こっそり盗む・ごまかす」を意味しますが、「ちょろまかす」のほうが巧みさや手際のよさのニュアンスが強く、「くすねる」はより直接的な「盗む」に近い語感です。「おつりをちょろまかす」は計算をごまかす巧妙さ、「おつりをくすねる」は単純に懐に入れる行為を指すというように、同じ「不正」でも手口の性質によって使い分けられています。
子どものいたずらにも使われる
「ちょろまかす」は深刻な犯罪行為よりも、軽い不正やいたずらに使われることが多い語です。「お菓子をちょろまかす」「宿題の答えをちょろまかす」のように、子どもの小さなずるさにも使われます。語感に軽さがあるため、重大な不正行為を表すには不向きな表現です。
「ちょろまかし」という名詞形
「ちょろまかす」の名詞形「ちょろまかし」は、ごまかし行為そのものを指します。「経費のちょろまかし」「帳簿のちょろまかし」のように使われ、小規模な不正や横領を指す際に用いられます。正式な場面では「横領」「着服」が使われますが、口語では「ちょろまかし」のほうが日常的な響きを持ちます。
「小さなずるさ」を表す語彙の広がり
「ちょろまかす」「ごまかす」「ちゃっかり」「くすねる」と、日本語には軽い不正を表す語が豊富にあります。本気の犯罪とは区別される、人間の小さなずるさを言い当てるための語彙群であり、それぞれが手口の巧妙さや悪質さの度合いを微妙に描き分けています。ひとつの「ずるさ」という概念に対してこれだけ多くの言い回しが存在すること自体、日常会話の中でこうした話題が頻繁に取り上げられてきたことの表れともいえます。
江戸初期の流行語が今も生きる理由
辞書によれば江戸初期の京都の遊里の流行語から広まったとされる「ちょろまかす」は、深刻ではない小さなずるさをユーモラスに表現する江戸時代から使われてきた俗語です。重い「横領」でも軽い「拝借」でもない、ちょうど真ん中のずるさを言い当てる語感の絶妙さが、時代を超えて使われ続けている理由のひとつと考えられます。日本語はこうした微妙なグラデーションに、いくつもの名前をつけることが得意な言語です。