「美人」の基準は時代で激変していた?日本の美意識の歴史
1. 「美人」の語源は中国の古典
「美人」は中国語由来の漢語で、『詩経』や『楚辞』にすでに登場します。ただし古代中国では「美人」は必ずしも容姿の美しさだけを指さず、徳のある優れた人物を意味することもありました。
2. 平安時代の美人はふくよかな下膨れ顔
平安時代の美人の条件は、色白・ふくよかな体型・下膨れの丸顔・長い黒髪でした。『源氏物語絵巻』に描かれる女性たちは、現代の基準とはかなり異なります。引目鉤鼻(ひきめかぎばな)と呼ばれる描き方が、当時の理想を示しています。
3. 「眉」は美の最重要パーツだった
平安時代の女性は自分の眉を剃り落とし、額の高い位置に「殿上眉(てんじょうまゆ)」を描きました。眉の位置・太さ・形で身分や美意識が表現されていたのです。眉を整えないことは「身だしなみがなっていない」ことを意味しました。
4. 戦国時代は「強さ」も美の要素に
戦国時代になると、女性にも気丈さや知性が求められるようになりました。城を守り、家を切り盛りする力が評価された時代では、単なる容姿の美しさよりも「芯の強さ」が美人の条件に加わりました。
5. 江戸時代の浮世絵が美人画の黄金期
喜多川歌麿の美人画に代表される江戸時代は、美人の理想像が庶民にまで広まった時代です。色白・うなじの美しさ・涼しげな目元が好まれました。「瓜実顔(うりざねがお)」と呼ばれる面長の顔が理想とされていました。
6. 明治時代に「西洋の美」が流入
明治の文明開化で西洋文化が入ると、大きな目やはっきりした顔立ちが新しい美の基準として加わりました。それまでの「細い目が美しい」という価値観と衝突し、日本の美意識が大きく揺れ動いた時代です。
7. 「三大美人」は時代で入れ替わる
「世界三大美人」としてクレオパトラ・楊貴妃・小野小町が挙げられますが、これは日本独自の選定です。小野小町が入っているのは日本だけで、海外ではヘレネやネフェルティティが挙がることが多いです。
8. 「別嬪(べっぴん)」の語源は「別品」
美人を意味する「べっぴん」は、もともと「別品(べっぴん)」と書き、**「特別に良い品物」**を意味しました。それが転じて「特別に美しい人」を指すようになりました。人を物に例えた表現が語源です。
9. 「イケメン」の登場は1990年代
男性の容姿を褒める「イケメン」は、「イケてるメン(面=顔)」が語源とされ、1990年代後半から使われ始めました。それ以前は男性の容姿を直接的に褒める一般的な言葉が少なかったこと自体が、日本のジェンダー観を映しています。
10. 現代は「美人」の定義が多様化
SNSの普及により、従来の画一的な美人像から、個性や自分らしさを重視する方向へ変化しています。「美人」という言葉自体が外見だけを評価する表現として使いにくくなっているのも、現代ならではの変化です。
時代によって「美しい」の基準はこれほど変わる。「美人」の歴史をたどると、それぞれの時代が何を大切にしていたかが見えてきます。