「べったら漬け」の語源は?べたべたする食感から生まれた江戸漬物の由来
べったら漬けとはどんな食べ物か
べったら漬けは、大根を塩・砂糖・麹(こうじ)で漬けた甘みのある浅漬けです。麹の甘さと大根のしゃきしゃきした歯ごたえが特徴で、白くて表面に麹粒がついているため、持つとべたべたする触感があります。江戸時代から東京(江戸)の名物として知られてきた漬け物で、特に10月19日・20日に開かれる「べったら市」の名物として有名です。
「べったら」という名前の語源
「べったら漬け」の「べったら」は、食べ物が手や衣服にくっつく様子を表す擬態語「べたべた」「べったり」に由来するという説が有力です。麹漬けの大根は表面に白い麹が残っており、触るとぬめりとした粘り気があります。この「べたっとくっつく」「ぬめっとした」感触が「べったら」という言葉の起源とされています。
江戸時代の語源説話によれば、べったら市で大根の漬け物を買った人が、通行人の衣服に漬け物をくっつけてふざけた(「べったりつけた」)ことから名がついたという俗説もありますが、これは後付けの民間語源説とみられています。
江戸時代のべったら市の始まり
べったら市は、江戸・日本橋の宝田恵比寿神社(ほうでんえびすじんじゃ)の門前市として江戸中期(18世紀頃)に始まったとされています。10月20日の「えびす講(えびすこう)」の前日である10月19日に、えびす講の供え物として大根の漬け物を買い求める市が立ったのが起源です。
えびす講は商売繁盛を祈願する行事で、江戸の商人たちにとって重要な年中行事でした。市では大根漬けのほか、野菜・乾物・道具なども売られ、にぎわいを見せました。べったら漬けはこの市の代名詞となり、「べったら市」という名称が定着しました。現在も日本橋では毎年10月19日・20日にべったら市が開かれ、多くの人が訪れます。
麹漬けの製法と「甘さ」の秘密
べったら漬けの甘さは、麹(こうじ)の酵素(アミラーゼ)が大根のデンプンを糖分に分解することで生み出されます。塩で下漬けした大根を、米麹・砂糖・みりんなどを混ぜた漬け床に漬け込むことで、麹の発酵によって独特の甘みと旨みが生まれます。
発酵期間は短く、数日から1週間程度が一般的です。長期保存向きではなく、フレッシュな状態で食べることが前提の「浅漬け」の一種です。麹の白い粒が大根の表面に残った状態で食べるのが本来のスタイルで、この白い麹粒が「べったり」した食感の一因でもあります。
大根という素材と江戸食文化
大根は江戸時代を通じて庶民の食卓に欠かせない野菜でした。練馬大根・三浦大根・宮重大根など各地に品種があり、たくあん漬け・切り干し大根・風呂吹き大根など多彩な料理に使われました。
べったら漬けに使われる大根は、現在では太くてみずみずしい品種が主流ですが、江戸時代には細めの在来種が使われていたとみられています。大根の漬け物の種類の多さは、江戸の発酵食文化の豊かさを示しており、べったら漬けはその代表格の一つです。
たくあん漬けとの違い
べったら漬けとたくあん漬けはともに大根の漬け物ですが、製法・味・食感が大きく異なります。
たくあん漬けは大根を天日干しにして水分を抜いたのち、糠(ぬか)・塩・唐辛子などで長期間漬け込んだ発酵食品です。歯ごたえが強く、塩味と旨みが濃く、保存食としての性格が強い漬け物です。
べったら漬けは大根を干さずに使い、麹・砂糖で短期間漬けた甘みの強い浅漬けです。食感はたくあんより柔らかく、甘さが際立ちます。保存期間も短く、新鮮なうちに食べることが前提の点でも性格が異なります。
現代に残るべったら漬けと江戸の記憶
べったら漬けは東京(江戸)固有の漬け物として、現在も東京・日本橋を中心に専門店や百貨店の惣菜売り場で販売されています。全国的な知名度はたくあんや奈良漬けほど高くありませんが、東京の食文化を代表する伝統漬け物として地元での根強い人気があります。
「べったら市」は現代の東京においても毎年開催される下町の風物詩として続いており、江戸時代の商人文化・えびす講の伝統が漬け物の名前とともに現代に伝わっています。「べったら」という少し滑稽な響きの名前は、江戸の庶民が食べ物の感触を素直に言葉にした、江戸語の気質を今に伝えています。